はじめまして。
久保ゆきこです。
現在、私はコーチングを通して「子どもにイライラしない私になる」お手伝いをしていますが、実は私自身、ずっと自分の「本当の望み」から目を逸らしていた時期がありました。
今日は、専門職としての経験を経て、なぜ今「コーチング」という形を選んで心の整理を伝えているのか、その原点をお話しします。
心の仕事を志した原点は、中学の“語り合い”でした
大学では心理学を学び、その後、精神保健福祉士の資格を取得しました。
「こころに関わる仕事がしたい」と思うようになった原点は、中学時代のある出来事でした。
修学旅行の夜、友人のひとりが突然、自分の家庭の事情を語り出したのです。
そのきっかけで、クラス全体が“恋バナ”ではなく、自分の心を打ち明ける夜になりました。
「在日韓国人で将来が不安」
「両親が離婚して辛い」
普段、笑顔で過ごしているあの子が、そんなことを感じていたなんて。
私は衝撃を受けました。
「人は、見えている姿だけで判断できない」
「自分が当たり前だと思っていた世界は、実はそうじゃない」
そんな気づきから、心理学に興味を持ち始めました。
夢だったカウンセラー|でも私は逃げていました
大学では本格的に心理学を学び、「臨床心理士になりたい」と思っていました。
けれど当時は就職氷河期。
臨床心理士の就職先は少なく、私は就職のために精神保健福祉士という道を選びました。
その選択に、どこか納得していたような、していないような思いが残っていました。
精神保健福祉士は、心を扱う仕事なんですが、メインは病気の方の福祉を専門にします。
特に私の働いている仕事は、制度の説明や受付です。
できるだけ、状況に合わせた対応はしていますが、心をサポートしたいという思いとは少し離れています。
そして、それは、父の死をきっかけに、「私はずっとやりたかったことに向き合っていなかった」と気づくことになりました。
気づいたのは「本当の望みに向いていない思考」だった
父の死を体験し、自分の“人生の終わり”も意識するようになりました。
そんなとき浮かんできたのは、「本当はカウンセラーになりたかったのに、なれていない自分」の存在でした。
私は就職難を言い訳にして、自分に自信がなくて、夢から逃げていたのだと。
今からでも遅くない!
自分のできることをやってみようと思いました。
子ども時代に感じた「誰かのせいで傷つく理不尽さ」
もうひとつ、忘れられない原体験があります。
それは、学生時代に乳児院に音楽療法ボランティアに行ったときのこと。
一度も面会に来たことがないという3歳の子どもが、見たことのない母親について語り、「昨日お母さん来たの」と話していたんです。
その姿が今も胸に残っています。
・社会や親の都合で、振り回されるのはいつも子ども。
・もっと別の大人の関わり方があれば、救えた気持ちがあったのではないか。
そんなふうに感じた出来事でした。
精神障害の方には、子ども時代の環境がきっかけとなり、今も生きづらさを抱えている方がたくさんいます。
ちょっと話を聞いて整理したら離婚しなかったかもしれない。ちょっと話を聞いたら考え方がまとまり、生活が安定したかもしれない。
子どもは親からの影響をものすごく受けます。
だからこそ、子供の笑顔の為に、お母さんの悩んでいることを少しでも軽くできるお手伝いが出来たらいいなと感じています。

コメント